LC開設の証拠金100%

スリランカ中央銀行は先週半ば、贅沢品に関して輸入時に開設するLC開設要件を厳しくすると発表。
具体的には623品目(カテゴリーは携帯関連、家電、衣料、ゴムタイヤ、果物、コスメ、食品、飲料など)のLC開設に100%の証拠金を義務付けた。


LCというのはLetter of Creditで日本語では信用状。
国際貨物取引では荷物と代金のやり取りに時間的空間的にラグがあるので、輸入者輸出者双方のリスクを回避するために必要。


リスクというのは、輸入者からすれば代金支払いをしたのに荷物が届かないというリスクがあり、輸出者からすれば荷物を発送したのに入金がないというリスクがある。
現在はタイムラグを感じさせない支払い方法が在るけれど、それでも全く同じタイミングで出荷と入金は不可能。
どちらかが先行して、それを確認して出荷なり入金なりをしなければならない。
コンビニのように対面して目の前で商品と代金を交換することが不可能だし、海の向こうの取引相手を信用するのは難しい。
そこでLC。
輸入者と輸出者の間に、双方の取引銀行を仲介させて荷物とは別に代金のやり取りをする事でリスクを管理するのです。


実務としては細かい規定が在るのですが、ざっくりと流れだけ書くと
1.輸入者輸出者で取引条件の契約をする
2.輸入者(ここではスリランカ業者とする)が取引のあるスリランカの銀行にLCの開設(発行)を依頼
3.スリランカの銀行はLCを発行し、輸出者(ここでは日本側とする)の取り引き銀行にLCを送付
4.日本の銀行が輸出業者に通知
5.輸出者はLCに基づき荷積み
6.船会社がB/L(Bill of Loading船荷証券)を発行
7.輸出者はLCとB/Lを日本の取り引き銀行に持ち込む
8.銀行が輸出者に代金を支払う
9.日本側の銀行がスリランカ側の銀行にLCとB/Lを送付し、引き換えに代金を支払う
10.為替手形で輸入者がスリランカの銀行で決済
11.スリランカの銀行がLCとB/Lを輸入者に送付
12.輸入者が船会社にB/Lを提示
13.船会社が荷物を引き渡す


こんな流れ。
荷物代金を証券化して、実物の流れとは関係なく証券の売買で金銭をやり取りする感じですね。
これで輸出者は荷物を船積みした段階で代金の回収ができるし、輸入者は荷物が到着してから支払いができる。
少なくても代金や荷物のとりっぱぐれは防げるのです。


で、スリランカ中央銀行が100%の保証金を求めるっていうのは、予め購入代金全てをLC開設銀行に預金しておけって事。
上の10.で書いた支払いを現金預金で担保しろって事ですね。
スリランカ側の銀行は9.で先に支払いをしているので、輸入者から徴収出来ないと困るわけです。
輸入したんだから払うのは当たり前と思うかもしれませんが、10.での支払いは手形が一般的なのです。
つまり輸入者は仕入れた商品を手形で払い、商品を売って得た利益で手形の決済が出来る。
商品の入手と、実際に代金分の現金を支払うまでの間に数カ月の猶予があるのです。
つまり銀行からすれば短期の融資にあたる。
融資した資金の回収がスリランカ国内で困難になってきているのと同時に別に要因がある。
それは、後に記述する。


で、これで困るのは中小の輸入者。
スポット購入では、輸出者との信用を築くことが難しいのでLC以外の支払い手段が(実質的に)無い。
だって不定期に購入する人に「月末払いで良いですよ」とは成らないでしょ?
そして代金分の現金預金をすることで手元の資金に余裕が無くなる。
手元の資金を確保するには預金を減らすか、他から借金するかしか無いけれど、金利を支払うのも厳しい。
つまり預金残高は余裕のある範囲でしか増やせず、それが輸入金額を減らす事に繋がり、政府が言うように贅沢品の輸入抑制、外貨流出防止になるという訳です。


この決定に対し、政府への不満を口にする人が居ますが、現状はもっと別の力が働いていて、政府のバカ対応という事だけでも無い。
というのも、スリランカの銀行は国際的に格付けが高い訳ではなく、倒産のリスクが無いとは言えない。
なので、もしもの事を考えると単独でのLC開設を日本側の銀行から拒否される場合がある。
日本側の銀行もB/Lと引き換えにスリランカの銀行から代金を受け取る前に8.で支払いをしているので、スリランカ銀行が倒産するリスクを嫌う訳です。
なので大きな取り引きだと、第三者の銀行に保証してもらう必要がある。
その保証があれば、日本側の銀行も輸出者に対して心配なく代金の支払いが出来る。
もしスリランカの銀行が潰れても第三者の銀行から代金を受け取れるので。


今起きているのはコレ。
スリランカの銀行に信用が無い(そして外貨が無いと思われている)ので、輸出側の銀行が第三者保証を求めている。
インドでも「インドの銀行が懸念を示している」とニュースになってました。
しかし、保証して貰うのにも手数料が発生するのでスリランカ側の銀行は二の足を踏む。
銀行だけじゃ無い。
政府もね。
というのは、この手数料支払いは基本的にはドル払い。
外貨のないスリランカには厳しい。
なので、第三者銀行からの保証を取り付ける代わりに現金預金を用意させるのです。


確かに中小企業には厳しい。
それにリードタイム(仕入れから販売までの期間)が長い商品を扱う企業にも厳しい。
三者銀行の保証を取り付けて、その手数料をLC開設手数料に転嫁されたほうがマシだという企業も多いでしょう。
しかし、その支払い(スリランカの銀行が、保証してくれた銀行に支払う手数料)は結局のところドル。
外貨準備の無いスリランカには無理難題。
仮に1億円の取り引きで第三者銀行が0.5%の手数料を要求してきたら50万円分の外貨が余分に流出する訳です。
スリランカ政府からしたら商品代金+αで外貨が消える。
であれば、輸入抑制で商品代金も減り、手数料も減るこの政策を採用せざるを得ない。


貿易を所管するMinistry of Industry and Commerceの大臣は「反対派は該当品目の輸入を禁止したと誤った情報を流布しているが、これは間違いだ」と言っている。
確かに間違った認識ではあるけれど、民衆が懸念しているのは「禁止されると購入できなくなる」ってことで、「禁止」が「値上がり」だとしても結果は同じ事。
623品目の取り扱い金額が、輸入全体の何%に相当するのかが記載されていないので、実際の影響がどのくらいになるかは不明ですが、実際には携帯やパソコンなどの値段は2年前から高止まり。
これは輸入超過による外貨不足からくるルピー安が原因。
それが解消されないのだから今後も売価は加速度的に上昇するでしょう。
そして今回の措置により手元の資金に余裕が無くなれば必然的に企業の借り入れが増える。
その利払い分を販売価格に上乗せしなければ企業の利益率は下がります。
結果として売価上昇、入手困難となる。


外国人消費者の目線からするとバターやチーズ、料理用オイルなんかの値上がりが心配。
スリランカ国産にシフトして、そちらが値上がることになるのは明白。
国産で代替商品を用意できれば、まだ良い。
それで国産が値上がりしても、その代金は国内に還元されるのですから。
例えばオリーブオイルとかは?
値上がりした分のルピーは、最終的には銀行と大企業に積み上がる。
銀行は貸し出し資金の金利、大企業は便乗値上げと預金金利の受け取り。


何が言いたいかと言うと、この政策を打ち出すなら、大企業や銀行への増税も同時にやるべきだって事。
それがなきゃ一極集中が進み、富の再分配は達成出来ない。
大企業しか残らない国に未来は無い。
「質は低くても安い物」から「高品質で高い物」までの選択肢が無いのは消費者としては苦しい。
ただでさえスリランカは低品質で高い物が多いのに。