名古屋入管の話

センシティブな話題なので、あまりここでは書きたくないと思っていますが、名古屋入管でのスリランカ人女性死亡事件についての話題を少し書く。

 

先日、友人と飲んでいてこの話題になったので、自分の意見を話した。

 

 

これは人権弁護士という属性の人間がやった酷い仕打ちだと個人的には思っている。

 

友人には被害者本人の収監に至る経緯をまず説明した。

日本語学校への留学で来日。

コロナでアルバイトが出来なくなったことで収入が減り、授業料の支払いが不能に成ったために除籍。

ここで学生ビザによる合法的な滞在が不可能に成った。

つまり、ここからは不法滞在。

彼女自身はコロナが収束するまでの学費の援助をスリランカの実家に頼んでいたが、まぁ無理ですよね。

今まで日本からスリランカに送金していた訳で、それは逆にはなり得ない。

ここで解るのは、彼女の目的は語学留学ではなく、それに付随する就労許可だったということ。

本来の学生ビザに対する就労許可は、学費の弁済や生活費の補填が目的なので、それら二つに充分な金額をアルバイトで稼げた時点でセーブし、本来の学習に時間を割くことを推奨している。

だからこそ、就労時間の正h源が有るわけです。

しかし、彼女は実家に仕送りすることが目的の一つになっており、実家もそれを当然だと考えている。

そして、彼女の不幸はこれだけではなく、同居していたスリランカ人男性による暴力を受けていた。

この男性が、いわゆるヒモなんですね。

彼女は、その弾性との生活費も工面しており、その収入が絶たれたことで男性は被害者への暴力行為を開始した。

その暴力行為から逃れるために警察へと駆け込み、そこで入管法違反で逮捕されたわけだ。

 

本来なら、ここで人道的配慮がなされてもおかしくない。

ここには警察と入管の不手際が存在する。

 

しかし、そもそもの話をするならば、ビザの資格が喪失した段階で帰国するのが当たり前。

実際に、逮捕された段階では強制帰国に同意していたという。

なのに、弁護士との接見を終えてから彼女の態度は一変。

帰国を拒否し、難民としての滞在を希望。

しかし、彼女には難民申請する資格が無いのは明確で、それに対する手段として健康状態の悪化を持ち出す。

健康状態が悪化した場合は収監を解除して、仮放免という形で日本に滞在ができる。

この場合、就労は許可されないが、一応は合法的に滞在できる。

その間に、難民申請をしたり人によっては日本人との婚姻を成立させて滞在許可を申請したりする。

刑事事件の保釈みたいな制度と考えて良い。

病気ではなくても保証金を払うことで仮放免は受けられるのです。

 

ここで、弁護士団体が保釈金を払わずに仮放免を獲得する目的として、病状の悪化を提案したのだと思います。

それが一番費用がかからずに出来ることですから。

そして、被害者女性は強制帰国を拒否し、それを理由にハンガーストライキに入る。

不安感からくる食欲減退もあって、当初のハンストはごく自然なものだった。

しかし、精神的に追い詰められていた彼女は自身の不安感ともっと体調を悪くしなければならないという強迫観念で自己暗示にかかり、次第に本当に体調を崩していく。

ここで、入管職員が手を差し伸べなかったのはなぜか?

こうした人が山ほど居るからです。

入管職員からすると「あぁ、またこの戦法を弁護士に提案されたんだな」って思うわけです。

なので、本当に体調が悪化していることが見抜けなかった。

 

被害者は本当に気の毒だとは思う。

人権弁護士に良いように使われたんです。

 

帰国しようにも資金がなかったことも考えられる。

だからこそ、強制帰国と成った当初は、本人も合意していた。

なのに、人権弁護士から合法的に日本に滞在する方法を入れ知恵されて、魔が差した。

被害者家族も厚顔無恥だとワタシには思える。

学費が払えなくなった時に援助しなかった訳ですし、本来ならスリランカへの帰国を提案するべきだった。

しかし、この事に関する話は出て来ない。

逆に被害者からの送金が立たれることへの文句すら在ったのではないかと邪推してしまう。

 

NHKで6月から始まるドラマ「やさしい猫」。

これはスリランカ男性と結婚するシングルマザーの話。

男性の不手際でビザの更新ができず、不法滞在として収監されてしまうのですが、、、、。

まぁ、ストーリーは置いといて、ワタシが気になったのはこの本の原作に書かれた煽り文。

 

「小さな幸せが突然奪われたのは、彼がスリランカ出身の外国人だったから」

 

この書き方は公平性を欠いている。

 

幸せを奪われた理由は「彼がスリランカ出身の外国人だったから」ではない。

「彼が正しく滞在許可を申請しなかったから」ですよね。

 

今の入管行政には大きな問題が有るのは理解できる。

 

ただ、根本的な問題を解決せずに、ただ耳障りの良い「外国人にも人権的配慮を」みたいに言っている人には、ヨーロッパやアメリカの現状を見てほしい。

外国に比べて日本は難民受理件数が極端に少ないと言う人がいる。

その外国が、今ではどんな状態なのかには触れないんでしょうか?

外国のいい面ばかりを取り上げるのは不公平。

いま、ヨーロッパでは難民がたらい回しにされ、嫌がったイギリスはEUから離脱。

ものすごく大きな予算を難民対策につぎ込んでいます。

 

アメリカではメキシコと国境を接する南部の州から、大型バスでニューヨークに難民を送致している。

これは難民受け入れに慎重な姿勢を示す南部の州が、バイデン大統領の難民受け入れを非難して「受け入れに賛成であるならば、その賛成する人たちが難民の面倒を見ろ」ってこと。

 

既に何万人者不法移民が南部の州から送致されており、NY州の知事は「これ以上の受け入れは出来ない」と言っている。

 

耳障りの良いことを言っていたヨーロッパ諸国もニューヨーク知事やバイデン大統領も、実質的な混乱が発生すれば、こんなもんです。

 

名古屋入管の事件でも、人権派の弁護士は保釈金を払わなかったんですよね?

自分の身を切ることはせず、健康悪化による仮放免を狙わせる。

 

「外国人にも人権的配慮を」と言っている人も、自身の居住地周辺が仮放免の外国人で占拠されても、その主張を撤回しないという自信があるのでしょうか?

 

ワタシの妻も外国人ですから「人権弁護士側」と同じ考え、もしくは近い考えを持っていると思うかも知れませんが、どこまで行っても外国人は外国人なんです。

私たち日本人も外国に住んでいるならば、その国の外国人として不便で不公平な制度下で「住まわせてもらっている」という感覚を捨ててはならない。

日本で弁護士をやっているような人たちは、海外に移住なんてしないでしょうし、海外の状況を肌感覚としては知らないのでしょう。

海外のいい話だけを取り入れて「こんな野蛮な制度があるのは日本だけ」というのはやめにしてもらいたい。

 

「〇〇くんは、ファミコン買ってもらったのに、ぼくには無いの?」

という子供と同じ。

「じゃぁ、〇〇くんの家の子供になりなさい!!」と言いたくなる。

権利を主張するのには義務や負担も背負わなければならない。

社会情勢が違う国を持ち出して「ヨーロッパは~」と言うのは「〇〇くんは~」と言うのと同じだと気付いてほしい。

 

 

長くなったので終わりますが、感情論で物事を判断する人はホントに子供っぽく見えます。

更に言うと、あぁ言った人権弁護士が居ることで逆に不実な外国人が日本に滞在することを助長していて、誠実な外国人が割を食っているとさえ感じます。